-- 天文・理科学ではない宇宙の「産業」「ビジネス」に特化したメディア --

OSG 宇宙部品開発担当 藤井尉仁氏【独自取材】

愛知県豊川市に本社を構えるオーエスジー(大沢伸朗社長兼COO)は、ねじ穴加工に用いられるタップ(TAP)の世界的シェアを筆頭に、グローバルに展開する総合切削工具メーカーとして名高い。同社の主力顧客産業である自動車関連や航空機関連の分野はここ近年、コロナ禍や世界での紛争の影響等により、先行き不透明な状況が続いた。コロナ禍が収束し、これらの産業は回復基調であり、オーエスジーは宇宙産業関連に向けた取り組みを継続する中、部品加工そのものを手掛ける「部品加工チーム」が、宇宙産業関連の量産部品の受注へ注力している。その実務的な中心人物となるのが、同社デザインセンター グローバルエンジニアリンググループ プロトタイプチーム リーダー 宇宙部品開発担当の藤井尉仁(ふじい・やすひと)氏だ。ここでは、藤井氏に聞いた宇宙ビジネスの「現時点」を紐解いていく。

『宇宙部品開発の現時点――参入への扉は厳しくはない、顧客要求事項に合わせることが最重要――

■宇宙ビジネスへの参入チャンス■

――部品加工との歩みは?

 藤井 私は2006年にオーエスジーに入社し、エンドミル開発、加工技術の提供、開発工具の評価、展示物の製作、来客立合い試験などの仕事を担当し、顧客の加工ニーズを収集、開発を行い課題解決していく経験を重ねました。2008年には金型等の加工技術支援サービスに携わり、2011年には試作部品の製造に従事。2013年からは収益を伴う部品製作を推進し、同年にはオートレース部品の生産を始め、そして、2015年には宇宙部品を初製作しました。その後、2017年に航空機部品の生産を開始し、2021年にはその生産を本格化しています。

宇宙関連では、当社がスペースデブリ(宇宙ゴミ)観測衛星に取り組むアストロスケール(東京都墨田区、岡田光信創業者兼CEO)とのスポンサー契約締結(2015年)を契機に、宇宙のイロハを学びました。今、宇宙部品産業は、2極化の傾向にあります。大手重工メーカー等は設計・製造を自社で行いますが、一方、ベンチャー企業は、自社で生産設備を保有することがないため、複数の取引先との連携することで、宇宙ビジネスに参入するチャンスを得ることができます。

――宇宙産業と国際規格について。

 藤井 航空機産業では、厳しい国際規格に適合した生産品質管理システムの対応が必要ですが、宇宙産業では材料や部品の品質証明は厳しいものの、国際規格のようなルールは整備されていない。航空機産業の品質マネジメントシステムは素晴らしい管理ですが、初動で大変な手間がかかる。顧客も品質管理の徹底は嬉しい取り組みではあるが、例えば、その品質管理、保証の取り組みを価格に転嫁することは非常に難しいです。

航空・宇宙産業といった括りで同一視する企業もありますが、航空機産業と宇宙産業とは産業構造は別物です。宇宙部品は、宇宙空間で品質を維持しなければなりません。小規模でスタートしたベンチャー企業が大手企業との連携が進み規模が拡大すると、大手企業のマネジメント経験者も携わり、航空機産業の国際規格の品質マネジメント要求を求める傾向が見られます。比較的初期の試作開発品であっても初動から品質マネジメント要求や不要と思われる厳しい仕様書を見ると、本当に必要な基準なのかと考えてしまうこともあります。厳しい品質マネジメント要求にコストを容認してもらわないと運用上、人件費がかさみ、利益が出ないなど、ビジネスにつながりません。

現在、人工衛星やロケットなど宇宙機器部品はJAXA(国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構)を通じるため、ロケットへ搭載するには必ず搭載ロケットの模擬実験のデータを提出しなければなりません。その前段階として、エンジニアリングモデル(EM)をつくり、振動実験や熱真空実験などを繰り返します。次段階として、フライトモデル(FM)を製作し、資金力がある場合は、同様の地上に設置するグランドモデルも製作となるので、EMの段階で国際規格の要求を求められても、思考錯誤の段階で時間をかけてもあまり意味がありません。しかし、実際には、そのような要求を受けるケースもあります。試作の取り組みを理解した上で、設計、品質管理にトライすれば時間もコストもスムーズにいくので見積時によく話し合う必要があります。

まだ宇宙関連の製造に携わっていない製造業の人たちで、「JISQ9100を取得していなければ宇宙機器の仕事には参入できないですよね?」 との質問が多いですが、必ずしも取得する必要はありません。そもそもJISQ9100の認証を得るには認証範囲を設定し、実務から規制要求事項の一貫が提供できるかを審査します。そのシステムが運用できるのであればJISQ9100を取得しなくても問題ありません。その仕組みを管理するシステムを実施できることが大事です。要求が無ければ自社でふさわしい仕組みに対応すればよいので、有人機でなければ航空機産業に比べ、参入への扉は厳しくありません。あくまでも、顧客要求事項に合わせることが最重要で、宇宙関連の国際規格に適合することが目的ではなく、要求に応じたモノができていることが第一となります。その意味では、最初の打合せが非常に大事です。人気企業はうまく付き合わないと、継続して事業を進めることが難しくなるのではないでしょうか。

――宇宙産業の需要拡大は?

 藤井 宇宙産業の需要拡大には二つのルートがあります。ひとつは、国が行う宇宙利用分野では、ロケットや人工衛星を活用した研究開発によるもので、日本では探査計画や衛星コンステレーション関連技術開発などをJAXAが予算配分などを管理・運営する分野です。また、軌道から地球の日本をみたいのか、それとも地球全体をみたいのかでビジネスの分野が変わります。現在の宇宙政策予算を参照すると地球環境観測関連以外に惑星探査や量子暗号通信、太陽光発電などいろいろあります。

もうひとつは、宇宙産業の民生化推進によるによるルートで、最近のトレンドとしては衛星通信分野で、通信セキュリティの役割です。特に米国スペースX社が運営している衛星インターネットコンステレーションで、地球上のほぼ全域での衛星インターネットを可能とするアクセスサービス「スターリンク」が注目です。スターリンクの打ち上げだけに限ると週に1回ペースで、それ以外の打ち上げの場合でも週に2、3回打ち上げられています。週1回、毎回30機以上の人工衛星を打ち上げるので、大量の人工衛星による国産の通信網の構築に期待を抱きます。

――デブリの危機?

 藤井 スターリンクの活動のように、宇宙ビジネスの拡大とデブリの危機は表裏一体だといえます。限られた大きさや重さの人工衛星を、限られた予算で対応することは難しい上に、最近では、宇宙環境に配慮し、規制を求める姿勢が課題となっている。こうした規制に則した機器をツールにし、いわゆる「セットで売り込む」ことを考えたビジネスモデルなども出てきています。

■宇宙産業への注力と仲間づくり■

――“ネジ加工工具の会社・OSG”の宇宙部品加工チームとは?

 藤井 当社の部品加工チームは、町工場のような小さな規模ですが、専門チームとして事業に取り組んでいます。今後はスキルアップして、事業拡大を目指していますが、現状ほとんどが宇宙産業に注力しています。機械設備は、すべて5軸マシニングセンタで、国内メーカー製が2台です。元々は、微細加工や精密自動車部品加工を行っていた機械で製造をしています。最近の工作機械はリーズナブルな価格でも多様な用途に対応できるように性能や機能も向上しており、例えば、部品サイズによって異なりますが、宇宙関連の構造部品は購入価格1千万円レベルの3軸マシニングセンタでも加工できますし、1500万円クラスの5軸マシニングセンタでも多少オプションを追加するなど、環境が整っていれば、円滑に量産加工ができます。しかし、手持ちの機械だけで、宇宙部品の加工に適応できるわけではありません。

当社は、長年のネジ加工で培った技術を活用した開発にも取り組んでいます。全体をパッケージ化した仕事の受注のためには、当社では導入していない機械での加工が必要となる場合もあるため、協力企業の仲間づくりにも取り組んでいます。情報管理、品質マネジメント&トレーサビリティ・技術共有での安定化を図り、パッケージ受注した場合は、スピーディに対応でき、仕事を流せるように取り組んでいます。自社開発部品は協力企業に、顧客からの受注品は内製化するなど、セキュリティ面も考慮し、機械加工、構造体は全てオーエスジーに!とアピールし、取り組んでいきます。

――得意とする加工分野は?

 藤井 「5軸加工」、「アルミニウム合金を主体に、マグネシウム、PEEK、PI樹脂」、そして「自社製品、顧客要求に合わせた開発設計に対応」です。直近では、超小型人工衛星用放出ボッドを製作しており、3UかW6Uのボッドをつくっています。オーエスジーは、宇宙用熱制御フィルムやMLI(多層断熱材)などをメインに製造し宇宙機器の開発を行っている会社、オービタルエンジニアリング(本社=横浜市神奈川区、山口耕司社長)と技術提携しています。現在、放出するボッドの規格づくりに取り組んでおり、日本でもH3TF2の初実証実験が成功すれば運用が可能になります。運用が可能になれば、放出ボッドの量産の期待が高まります。現在も当社はボッド1機当たりすべての金属部品を製造しています。

さらに、ゲージなどの検査機器や実験機器、カーボンメーカーに配慮して検査治具などの間接部品などの需要拡大も見込まれます。その間接部品に関しては、当社は設計から製造までの一気通貫体制で行っています。ここが当社の優位性であり、強みです。全て社内で完結できるため、納期の早さなど、こうした優位性を発揮して、全体をパッケージ化した受注を目指しています。

――宇宙部品の営業活動は?

 藤井 JAXAとの直接取引は限られます。直接に依頼されるパターンと、政府の政策、JAXAがいま、どの様な取り組みや技術を公募しているのか情報収集し、自社の技術や応用で売り込む方法です。JAXAの公募に参加するほかに、その技術をさらに広げてくれるヨコのつながりが大事で、ひたすらヨコの人脈のつながりを広めることで自社の取り組みを説明し、大手が着手をしないような案件に当社の技術を加えて提案し受注に繋げています。また、常に求められる製作コストについて、基本性能を維持しながらつくりやすさ、つくりやすい設計も平行して開発できることが大切です。営業拡大には、大事なポイントとなります。


▲新開発施設「D-Lab(ディーラボ)」内からオーエスジーアカデミーをのぞむ。同拠点はオーエスジーの頭脳となる4施設を有する
▲世界3大工作機械見本市のひとつ、東京ビッグサイトで偶数年開催のJIMTOF〔日本国際工作機械見本市〕で存在感を示すオーエスジー(2022年出展時のワンシーン)

▲製品開発の中核「グローバルテクニカルセンター」(GTセンター)内での藤井尉仁氏